「心のゆとり 39期会計 L野村勝哉
           

20年位前、昭和60年ごろ放送されていた、テレビドラマ「北の国から」の北海道、富良野のラベンダー畑・・・その紫の絨毯に憧れ、 夏休みの家族旅行はその紫の絨毯に触ってみたくて出かけました。 釧路空港に降り、予約をしていたセダンの車は空港の駐車場で、自分たち夫婦と長女の多加子、長男の勝俊の4人を待っていた。 エンジンの音も快調に3泊4日北海道旅行に出発、一路最初の目的地、摩周湖を目指して北に向う。憧れのラベンダーの紫絨毯は2日目である。北海道の8月の第1週の天気は快晴、窓から入る風は東京とは違う爽やかな風が車の中を通り抜けてく。 道路は充分に交互通行が出来る広さがある、その訳は冬に除雪した道路の雪を道端に貯める為、広さを確保しているそうです。 道路に車は少ないがオートバイが目に付く、7・8台のグループで走っているライダー、一人で気ままに走っているライダー、摩周湖でも原生花園でも忙しく走っている。まるで働き蜂が蜜を巣に運んでいるように見える。 確かこの時期、全国より集まって北海道のツーリングを楽しんでいるライダーを、「ミツバチ族」と呼んでいたと記憶している。
 このライダー達は、お互いに通じるところが在るのか、行き交う毎に片手を挙げて挨拶をしている、 勿論全国から来道しているわけだから顔見知りでもなんでもない筈である、それでもライダー達は何処の街角、何処の観光地、みんな旧知のようにお互いにシグナルの交換をやっている。 何処何処の畑の蜜は終わったよ、何処何処の花の蜜はまだまだ有るよ、まるで連帯感の有る仕事仲間の情報交換をしているように思えた。そんな多勢のライダーから、たまには私の車にもシグナルを送ってくれるのです。この送られたシグナルは私達の旅行中のウキウキした気持ちを、より一層楽しくしてくれた。 多分、自分たちの乗っている車がレンタカーの(わ)ナンバーなので、北海道に出稼ぎに来た、ちょっぴり大きいクマン蜂ぐらいに見てくれたのでしょう。 連帯感、仲間意識、ここに、心のゆとりを私は感じるのです。
話は変わりますが、この北海道旅行のあった20年前の頃は、東京の街の中でも高速道路でも観光地でも良く見かけたシグナルだと思います。 <ドライバー>と言う連帯感・仲間意識を、多くのドライバーの皆さんが持っていたように思えるのです。自分が運転している時、狭い道で対向車に道を譲ってもらった時、また譲った時、ドライバーが手を上げて、お互いに「ありがとう」「どう致しまして」と言う気持ちのキャッチボールをしていたと思うのです。
定期便、ダンプカー、タクシー、バスの各ドライバー、この気持ちのキャッチボールはお互いの仲間意識とか、お互いに走っている道路を共有していると言う連帯感を自覚していたのだと思います。 そしてこのキャッチボールは20年前には良く見かけた光景です。 しかしながら最近は余り見かけません、ドライバーの皆さんの 「心のゆとり」が無くなって、自分さえ良ければと言う狭い気持ちになった様に思われるのです。 狭い道で対向車に道を譲っても何の答えも返ってきません、 「なんだ!譲ったのに!」の心が働きます。[やってやった]と恩に着せると、不満の気持ちになります。 心にゆとりがなくなり心に棘が生えてきて事故の元です。「譲らしてもらった」と前向きに考えれば、腹立ちさは少なくて済みます、相手の反応も気にしなくていいのです。
一方譲って頂いた時は「ありがとう」の手を上げて、相手のドライバーに自分の気持ちを態度で伝える事で相手のドライバーも気分良く運転できると思うのです。私は最近車を運転している時<心のゆとり>のキャッチボールを見る機会が少なくなった事が非常に気になります。15年ぐらい前まではドライバー同士の連帯感、仲間意識で、<心のゆとり>のシグナルを良く見掛けました。多分20年前には運転手さんの心には<ゆとり>があったのだとおもいます。現在は<心のゆとり>の交換のシグナルも余り見かけなった事で連帯感・仲間意識が薄れているのでしょうか。今、自分は車を運転する時、ドライバーの連帯感・仲間意識と言う<心のゆとり>をもってキャッチボールを楽しみながら運転しています。そしてこのキャッチボールの相手が一人でも多くなれば嬉しく思います。こんなささやかな<心のゆとり>を持ったドライバーが増えていけば、事故も必ず少なくなり楽しいドライブができると思います。
この「心のゆとり」はライオンズの「ウイサーブ」の心に通じていると思っています。心にゆとりの気持ちを持って、「ウイサーブ」、させて貰う気持ちで、「ウイサーブ」。