「カブト虫達への想い2」  L根岸 功
           

             

 もう2年以上も前になるだろうか「立川法人会」の会報に投稿をした時である。題目は「ビートルズへの想い」であった。
その時に数人のメンバーから「読ませてもらったよ」と声を掛けてくれたのを覚えている。
 当クラブの大先輩である鈴木闊郎Lからも「今度、法人会ではなく立川ライオンズクラブの会報にも続編をだしたらどうか・・・。」そんなコメントを頂いた記憶がある。それに、乗せられた訳ではないが「ビートルズ」について又、書かせていただいた。

彼らの曲は勿論聴いていて飽きないし奥が深い、未だにCD(
NAKED)を購入しているが曲よりも彼らの生き方に共感を覚えファンになったと言っても良いかもしれない。
 彼らはご承知の通りイギリスの港町リバプールで生まれ育った。リーダーであるジョンレノンは才能あるメンバーを面接により集め現在の「ビートルズ」を創り上げた。

この時の特筆すべき事は面接でポール・マッカートニーに初めて会った時、ルックスそして歌唱力、作曲等、全てJ・レノンは負けていた・・・リーダーの座を奪われるかもしれないと思ったそうだ。しかしJ・レノンはグループ全体を考えて彼の才能を認め採用した。
J・レノンのリーダーとしての器の大きさがうかがえる。
格式を重んじる英国で彼らが初期に出した曲は、一部大衆から完全に馬鹿にされていた時期があり、世界的に大ヒットした「シー・ラブス・ユー」は曲の中に「イエーイ・イエーイ・イエ」とコーラスが入るが「あんなものは曲でも歌でもない」と散々マスコミに叩かれた・・・生まれ育った国で認められていなかったのである。

 
又、デビュー当時にドイツのハンブルクのクラブへ数回公演に行った時の楽屋は古い建物の雨漏りがする屋根裏部屋であった。そして酔った客相手にお笑い芸人までも、こなし   ていたとの事である。それに外見は、リーゼントに皮ジャンスタイルでの演奏であった。 書き上げればキリがないが決してスタート時は恵まれた環境ではなかったし、不良少年に近かったかも知れない・・・。しかし彼らは努力を怠らなかった。
 オリジナリティに、こだわり続け自分達が納得する曲ができるまでメンバー全員でデスカッションをしたという。マネージャーが大ヒット間違いなしと太鼓判をおす他人の作詞作曲したものを歌おうともせず、あくまでも自分達が作詞作曲する姿勢を貫いた。     その後「ラブ・ミー・ドウ」が大ヒットしたが、この曲の中でJ・レノンがハーモニカを吹いているが、唇から血が出るまで練習したそうである。

 作曲はP・マッカートニー、作詞はJ・レノンと分け、どちらかが両方担当する事が多々あったが「レノン・マッカートニー」とペンネームを作りお互いを讃え合った。
 二人の傑出したリーダーが存在したと言って良いだろう・・・当然だがリンゴー・スターそしてジョージ・ハリスンにも「イエローサブマリン」や「サムスイング」等のヒット曲がある事も忘れてはいけない。そして彼らは世界的に有名になっても自分達のファンを大切にした。フアンがどんな曲を望んでいるかを常に心がけていたという。
彼らは自分達の故郷リバプールに相当な愛着があったのではないかと思う・・・。「ペニーレイン」「ストロベリー・フイールズ・フォーエバー」等は、地元のリバプールを歌っているし又「レット・イット・ビー」「ヘイ・ジュドー」等は自分達の生活の中から出来た曲である。こうして音楽界で地位名声を得ても、自分達が生まれ育った土地や環境を忘れな い事が彼らの素晴しい所ではないかと思う。
 そして彼らは解散したが解散原因には数々の憶測がある。J・レノンとP・マッカトニーの不仲説。オノ・ヨーコがアップル社(ビートルズが経営する会社)に対し口出しする様になった事によるメンバーとの確執等・・・。

 1960年代から解散しても今日まで音楽界に世界で君臨し続けているグループはもういないであろう。又、彼らは音楽だけではなく文化面でも足跡を残している。たとえばヒ ンズー教、禅などを西洋に広めている事や、反戦をして愛や命の大切さ等を訴えている。
 リーダーは私利私欲を捨て全体を考える。常に努力を惜しまない。二人のリーダーがお互いを補っている。技術的に妥協しない。常に大衆を考える。そして失敗する原因は女。ビートルズが辿ってきた道は人間社会や会社の生き方を教えている気がするのだが・・・。
 雑誌「フオーブス」では、いまだにエンターテーメント部門での収入が世界で3位との事である。又レコード売り上げは、すでに10億万枚を突破したそうだ。まだまだ彼らの偉業は書き上げればキリが無いし、とてもこの文章内では表現できない・・・。

 CD(NAKED)の中に1960年代の彼らのレコーデング風景での会話が聞こえてくる。この夢の世界に入ってみたいと思うこの頃である。